十二月八日の第二次大本事件にいたる王仁三郎の言動のなかには、弾圧、投獄、聖地破壊などを予見してのものが多い。列挙すればかなりの数になるので、そのいくつかを紹介する。 八月十一日 万祥殿祭典。敷地に急造の天幕を張り祭典執行。十月二十八日にも、まだ敷地だけの長生殿で、祭典を執行。第二次事件により完成を見ないことを予見されていた。八月二十二日「昭和の七福神」撮影。この中にこめられた予言的要素については、出口和明氏が、一九九一年二月号「神の国」~十二月号に触れている。九月下旬 王仁三郎は幹部・職員に対し、長髪、髭を落とせと命じる。投獄され、拷聞を受けることなどを見ていたのであろう。十月六日 神島二十年記念参拝のおり、王仁三郎は「神島参拝は今年で最後かもしれない」ともらす。 十月三十一日 秋季大祭で、象徴的・預言的な歌祭をはじめて執行する。十二月四日 亀岡天恩郷の月宮殿神体を他の石と取り替えるのを側近が目撃。