昭和十八年(一九四三)癸未(みずのとみ)二月四日 『瑞の神歌』との関連での予言。「…今年の生誕祭(出口聖師)から、瑞の神歌の「天の鳥船天を蔽ひ、東の空に舞ひ狂ひ、茲に二段目幕が開く』のである。

『三段いよいよ開く時、三千齢年の昔より、国の御祖の選まれし、身魂集る大本の、神に仕へし神人が、御祖の神の給ひたる、日本心を振り起し、厳の雄猛ぴ踏み猛び、厳の身魂を元帥に、瑞の身魂を指揮官』にして言霊を発射するのである。

世界の人民は三分になるが、大本信者は三厘になるのである。それは信者以外は只拝むだけで助かるのであるが、信者は何十年も厳の御魂、瑞の御魂の教育を受けていながら、…だからである」(「新月の影』)

木庭はこの日、王仁三郎より「『月鏡』の〈悪魔の世界〉に今度の世の中の事を書いて置いた」と聞いたことを記している。戦争という人類の内面的終末状況が恐ろしいほどに伝わってくる。次にその全文を紹介したい。

「悪魔の世界 われかって霊界に或る夜誘われて、玄怪なる夢魔の世界に入った。そのとき自分は無劫の寂寥と恐怖におそわれた。右も左も真の闇で、面前も背後も咫尺を弁ぜざるばかりの暗黒裡に落ちこんだ。そして何となく寒さを感じ、戦慄やまずして非常に恐ろしい、頭の頂辺から脚の爪先までわが神経は針のように尖っている。闇の中から黒い翼を拡げて、黙々として迫りきたる凄まじき物の息を感ずる。たしかに何物かが迫って来る。地震、雷、火事、親爺よりも海嘯よりも、噴火よりも恐ろしい怪物が、虚空を圧し、大地を踏みにじって、今にもわが身心に迫り来るかのごとくに思われて、大蛇ににらまれた蛙、猫に魅入られた鼠のように、自分の身体は微動(びく)とも出来ない。果然真蒼な剣のごとき光が闇をつんいて、わが目を射貫(いとう)とした。その光は次第にメラメラと周囲に燃えひろがり、八方に飛び散らがって、狂いはじめた。さながら光の乱舞、火焔の活動で、なんとも形容のできない厭らしさであった。そしてこの物すごい火焔の海に、蒼白い横目の釣った鬼と、赤黒い巌のような鬼とが、灰紫に煮えくりかえる泥の中に絡み合い縺れ合っている。やがてその鬼が一つになって、振りまわされる火縄のように、火焔の螺旋をえがきつつ、幾千台の飛行機が低空飛行をやっているような、巨大な音を轟かせながら、天上めがけて昇ってゆく、その幻怪さ、実に奇観であった。真暗の空は、たちまちその邪鬼を呑んでしまったが、やがて大きな真っ赤な口を開けて、美しい金色の星を吐き出した。一つ二つ三つ五つと、百千億と刻々数を増す、金色の星は降るわ降るわ、はじめは霰霞のように、雨のように、はては大飛爆のように降ってくる。しかしその星爆の流るる大地はと見れば、白いとも白い、凝視すると、一面の白骨で、自分もすでに白骨を踏んでいる。どちら向いても髑髏の山、散乱したる手や足の骨からは、蒼白い焔がめらめらと、燃えに燃えてなんともいえぬ臭気が、ふんぷんとして鼻を衝くのであった。自分はこんな幻怪なる世界から一刻も早く脱(のが)れ出でんと、一生懸命に走りだした。足首が千切れるばかりに突走った。しかしいくら駆けても白骨の廣野は際限がなく、疲れきって思わず打ち倒れたが、たちまち深い深い渓河へ真逆様に落ちこんだ。河水は悉くなまぐさいであった。自分は逆巻く血の波に翻弄されつつ、河下へ河下へと流されて、正気を喪なってしまった。その瞬間、何物かにしたたか五体を殴りつけられて、我に復ったが、雲衝くばかりの、一大摩天楼が頭上にそびえ立っているのであった。そして自分は、その門柱に衝突した途端に、助かったような心持ちになった。自分は覚えずその楼へ飛びこんで、やにわに玄関へ駆けあがった、すると目肱(まさしいばかりの電燈、いな神の大燈が、恐怖に閉ざされていた自分の魂の渓間を、皎々と照らし居るのであった。あ、過去数十年の自分の幻影は、この恐ろしかった夢の絵巻物となって、今猶時々自分の魂に刺激を与えたり、鞭捷を加えてくれるあ、惟神霊幸倍坐世」