明治四十年(一九O七)丁未(ひのとひつじ)十月 出口直、筆先で世界的に大戦争が起こって行くことの予言。「…今年の暮に成ると神界の方は大分混雑に成りて来て、来春にかけて正邪神界(しんかい)の大戦争と成りて来るぞよ。…日本の人民は露国と戦ふて勝ちて日本の光が出たと申して気楽になりて、何時までも泰平に世が治まると思ふて居るが、中々世界はソンナ甘い事には治まらんぞよ。今に世界中の大戦争に成りて来て・・・・」(「神霊界神諭」明治四十年十月十六日。『神霊界」大正八年一月十五日号)

明治四十三年(一九一O)庚成(かのえいぬ)四月 「十年先になりたら…」との出口直の筆先。「…世界の大戦争(おおいくさ)を一寸止めさして、次の経論(しぐみ)に掛かるから、地の神は一旦は天で守護をい_たすやうになるが、是が天地へ覆へると申すのであるぞよ。十年先になりたら、脚下から鳥が立ちて、吃驚(びっくり)をいたさな成らんから…」(「神霊界神諭」 明治四十三年四月十五日。『神霊界」大正七年十二月一日号)「…露国が最初(もと)で、外国の悪の守護神が日本を占領仕組(とるしぐみ)を種々(いろいろ)と致して居るから露国に勝ちたと申して日本の人民が安心いたして居りたら、十年先きに成りたら脚下から鳥が立ちて、アフンと致さな成らん事が出来いたすから、日本の上の守護神どもにクドク気を注けるぞよ。」(「神霊界神諭」 明治四十三年四月十八日。『神霊界』 大正七年十二月二十二日号)

明治四十五年=大正元年(一九一二)壬子(みずのえね)七月三〇日から大正元年このころ 王仁三郎、綾部神苑内で、世界大戦の型として弓を引く。「…『私がこうやって毎日弓を引いているのは、これは神様からの一つの型やで、近いうちに世界に戦争が必ず起きてくる。わしは神様からその型をやらされている。戦争が必ず起きるが、しかもそれは世界戦争になろうやもしれん。…』…」(湯浅仁斎「聖師の日常は皆神業」『神の国』昭和十年二月号。『十年目の弟子』あいぜん出版に収録) 大正三年(一九一四)甲寅(きのえとら)一月七日 王仁三郎、五日後の十二日に起こる桜島爆発を前知し、その神霊を高熊山に迎える。「吾人は大正三年一月の桜島爆発を前知し、同年一月七日数十人の京阪聞の会員を伴ひ、桜島の神霊を丹州穴太の山奥なる高倉山に奉迎し、且つ神勅に依り今回の爆発は万世一系、天壌無窮の皇運の発展すべき前兆なりと予告した事がある。その後時運の進展は日に月に切迫し来って、天地諸神霊の御活動は益激甚を加へつつあるので在る。一旦は日東国の天地にも暗雲塞蔽し、桜島噴火爆発に百千万倍の大変事が起こってくる。是ぞ神諭の実現であって、世界の大峠である。…」(「皇運御発展の瑞兆」『神霊界」大正七年二月号)七月二十八日 第一次世界大戦勃発「…明治二十五年の正月元日より、同四十五年の正月元旦まで、前後満二十年間の水洗礼をもって、現世の汚濁せる霊体両系一切に洗礼を施し、世界改造の神策を顕示したまふた。かの欧州大戦乱のごときは、厳の御魂の神業発動の一端にして、三千世界の一大警告であったと思う」(『霊界物語』一巻発端) 「今度の大戦争は世界中の人民の改心の為であるぞよ。万古末代戦争はつまらん物であるという事を、世界中の人民に覚らせる為の戦であるぞよ」(「神霊界神諭」大正六年旧二月九日。『神霊界』大正六年四月号)「今度の外国の大戦争は、人民同士の戦争と思うて居ると、大間違いであるぞよ」(「神霊界神論」大正五年旧七月二十三日。『神霊界』 大正六年八月号)