大正六年(一九一七)丁巳(ひのとみ)

「…日清間の戦ひは、演劇に譬えて一番叟、日露戦争が二番叟、三番叟は此度の、五年に亘りし世界戦、龍虎相打つ戊に、午の年より本舞台、いよいよ初段と相成れば、西伯利亜線を花道に、定めて攻め来る曲津神。力の限り手を尽くし、工夫を凝らし神国を、併呑せんと寄せ来り、天の鳥船天を蔽ひ、東の空に舞ひ狂ひ、ここに二段目幕が開く。三段いよいよ開く時、三千余年の昔より、国の御祖の選まれし、身魂集まる大本の、神に仕へし神人が、御祖の神の給ひたる、日本心を振り起し…」(「大本神歌」)と、戊午(大正七年)から「初段」「本舞台」と書かれ、大正六年十一月七日のロシア革命などもあり、時節切迫との緊張をたかめた。のちに「瑞の神歌」とまとめられたこの予言文書は、午、未、申、酉年にあたった①大正七~十年、②昭和五~八年、③昭和十七~二十年、それぞれにコメントされ、読みなおされて行った。