大正七年(一九一八)戊午(つちのえうま)一月 

王仁三郎、正月に「教祖はん(出口直) のおからだは今年じゅうや。びっくりすな」と梅田安に告げる。(出口和明『予言・確言」一九一頁) 五月十日 王仁三郎、”神懸り”で「大本神歌」(二五〇首)作成。『神霊界』大正七年六月一日号、大正七年六月十五日号に発表。のちに『皇道大本神歌』(大正九年四月)として小冊子化される。

「高山」批判や時期切迫を感じさせるような歌が多い。いくつか紹介する。

今日迄は一日二日と日を延ばし モウ日延さえ成ぬ処迄早今日は検眼振る間もあらざれば 

何事在共神を恨めな

立替が初り来れば眼も鼻も 口さへ開かぬ事があるなり

天地の神の怒りは一時に すべての曲は亡び失すなり

高山は今に諮問に落ち行きて 渓波(たには)は国の高山となる

大本を乱す邪神は大本の 内部に潜める偽信者なり

戊(つちのえ)の午の春から神界(かみのよ)は 

大戦争の開かれにけり

神界のたたかひ済めば現世に 続いて戦争初まると知れ

世の本の神は心も急ぐなり モウ立替が迫り来たれば

日の光り昔も今も変はらねど 大内山にかかる黒雲

三十年の世の立替も迫りけり 後の三年に心許すな

十年の後の神代に住むものは 身魂の清き人斗りなり

神の国大く正しき十余り 二つの年の春ぞ待たるる 

六月末 浅野和三郎、友清天行、松江講演で世の終末の予言講演。大正十年終末論を公表する『予言・確言』で一八五頁。

八月 「綾部新聞」大正七年八月号に友清天行「一葉落ちて知る天下の秋」の論陣。「・:そして愈々と云ふ時に、普通の人間から云へば天災地変ですが、霊活偉大荘厳を極めたる神力の大発現がありまして、大地震・大津波・大暴風雨・火の雨等によって解決されるのですが、その時死滅すべき因縁の者はみな死滅してしまひます。現在の建築物の如きも木っ端に砕かれたり、焼かれたりします。そこで初めてこの世の大洗濯ができるので、その大惨状・大混乱の光景は過去の歴史にかつてまだ無い処のものでありますから、想像も及びませぬ。…日の経つのは夢のやうですが、今から一千日ばかりの間にそれらの総ての騒動が起って、そして解決して静まって、大正十一、二年頃はこの世界は暴風雨の後のやうな静かな世になって、生き残った人達が神勅のまにまに新理想世界の経営に着手している時であります。…」と時期を切った終末予言を行った。

この論は『神と人の世界改造運動』と改題されて出版(七年十二月)され、翌年四月までに七版を重ねた。(『大本七十年史」三九六頁~)十一月六日出口直昇天。第一次世界大戦の戦火が止んだその日。