四月末~五月 はじめ王仁三郎は静岡の稲荷講社総本部に長沢雄楯を訪ねる。本田親徳の「丹波より十年後、一人の修行者があらわれ、丹波から道がひらける」との預言的遺言を聞く。「本田師の遺言には、『十年の後に到って、丹波より一人の壮年修行者が現われてくるから、其者が来てからでないと斯道は拡まらない。亦た丹波は、日本の始めであって、皇祖の現われ玉うた土地であるから、本教は丹波から拡まる」との論示でありましたが、貴下は本田師の仰せられた人物に匹敵して居るから、貴下が師の大志を継ぐ可き人に相違ないから…」(「本教創世記」明治三十七年二月四日筆。「出口王仁三郎著作集」一巻。霊界物語三十七巻二十章「仁志東」にも書かれている)初夏 王仁三郎は大阪へ初宣教に。十年間の親難辛苦を神人に預言される(霊界物語三十七巻十三章「煙の都」。「初陣」大正五年、『出口王仁三郎著作集」五巻)