大正七年(一九一八)戊午(つちのえうま)一月 王仁三郎、正月に「教祖はん(出口直) のおからだは今年じゅうや。びっくりすな」と梅田安に告げる。(出口和明『予言・確言」一九一頁)

「開祖様御昇天のことを王仁は神様から承って二年前から知っていた。それで貴賓館の名において教組殿を造っておいた。当時金が無くて困っていたので、開祖様はたいそう御心配なされたので、八畳の間一ぱいに取っておいた金銀貨を積みあげてお目にかけたら、これで安心したと言うて大層お喜びになされた。十年事件以来みな出してしまったが、開祖様は御安心なされて御昇天になったのである」(「開祖様の御昇天」「玉鏡」)